色の包容力が暮らしをハッピーにする
住宅のような狭い空間に「強い色」を使うのはタブー。そんな常識を覆している建築家がいる。西久保毅人氏(ニコ設計室)だ。強い色ならではの「色の包容力」が普段の暮らしを素敵なシーンに変え、家族が暮らしやすいハッピーな空間をつくるという。住宅の内装における独創的な色使いに世界的なカラーアワードも注目した。塗料の内装需要開拓のヒントにもなりそうな話を、西久保毅人氏に聞いた。
――今年、日本ペイントグループの世界的なカラーデザインコンテストで日本人で唯一表彰されたそうですね。
「ええ、世界中の建築家やデザイナーが応募する『クリエイティブ カラー アワード2024』のインテリア部門で優秀賞を頂きました。インドで行われた表彰式に招かれたのですが、失礼ながら日本ペイントさんがそんなに大きな会社だと思っていなかったので(笑)、その規模感に驚きました。今回の受賞は、我々の色に対するチャレンジの歴史に賞を頂いたのだと、素直に嬉しいですね」
――賞での評価のように、西久保さんが設計される住宅の内装は色を多用しているのが印象的です。どのような理由ですか。
「白い壁への違和感ですね。私が独立した2000年代の初頭は、デザイナーズハウスのような白い壁がトレンドでした。ある物件で建主さんからもそれを求められ、白い壁のインテリアにしたのですが、そこで違和感を覚える出来事がありました」
――どのような出来事ですか。
「完成した家で建主さんも交えて内覧会を開いたとき、『ほらっ、新築だから触っちゃダメ!汚れるでしょ!』という声があちこちから聞こえてきたのです。内覧会に来てくれた親子連れのお母さんが、新しい家の雰囲気に興奮して走り回り、壁をベタベタ触っている子供たちを叱っている声でした。当の建主さんも自分のお子さんに「コラッ、新築なのよ」と叱っているのを見たとき、『なんなんだろう、僕のやっていることは?』という強い違和感を覚えました。本当は毎日撫で回したいくらい可愛い家なのに、うかつに触れない家って』と」
――その出来事がきっかけだと。
「ええ。だったら、汚れや傷が気にならない素材や色を使えばいいんじゃないか。子供たちも好きなだけ触っても怒られなくて済むし、親もその分気楽になり、家族にとってハッピーな我が家になる、そんな気づきです。そうして壁に色を使い始めたのですが、そこには嬉しい副産物もありました」
――どういうことですか。
「色の持つ包容力の発見です。現実の生活というのは、雑多なものであふれています。投げ出されたランドセルや子供たちの制服、読みかけの漫画や洗濯物や買い物袋...部屋の中のそんな雑多なものを受け止め、魅力的な空間に変えてくれる包容力が色にあることに気づいたのです。しかもそれは強い色ほどいい。子供たちの派手なオモチャだって、壁の強い色が吸収してくれるのでうるさく感じないし、収まって見える。そんな色の力が、経験を重ねるごとに確信に変わっていきました」
――インテリアに強い色を取り入れる方がいいと。
「そうですね。壁の色を選ぶとなると、つい"無難"な淡彩色に行きがちですが、却って強い色の方がいいと経験的に思います。子供たちの日常も素敵なシーンに見えるし、壁の前に何を置いてもさまになるので、普段の暮らしがカジュアルになる。反対に、雑多なものたちが色を主張し合って悪目立ちし、汚れや傷にも敏感になるから窮屈な暮らしになってしまう"白い壁"との違いでしょう」
――分かるような気がします。ただ、強い色は選ぶのが難しそうです。
「洋服や身の回りのものなど『色を選ぶ』という経験は誰にもあるし、建築の中で、プロ以外の方が参加できる数少ないプロセスが実は色選びです。とはいえ、無数にある色の中から選ぶのは難しいので、あらかじめこちらで選んだ色を提示し、その色が持つストーリーなどを交えながら楽しい作業になるようリードしています。仮に、家ができた後に『失敗しちゃった』と思えば、塗り直せばいい。それがペイントのいいところだし、誰でも参加できる作業なので建主さんには壁の一面だけでもご家族で塗ることを勧めています。家への愛着が一層高まりますから」
――ひとつの家の中で何色も使っていることも印象的です。
「例えば、手前の壁と奥の壁の間が2歩くらいの距離であっても、色に変化を持たすことで奥行きをつくり出すことができます。つまり、色彩の変化は家の中に『あっちとこっち』をつくり出し、小さな空間であればあるほど効果があるように思います。これも経験に基づいた確信でしょうか」
――強い色を何色も使うと収拾がつかなくなりそうです。うまく収める手法があるのですか。
「たくさんの色を使う場合、大きな面積を占めるベースの色に暗めの色を選ぶのがポイント。僕たちは"引く色"と呼んでいるのですが、アクセントの強い色に対して影になる色ですね。ベースを暗めの色にすることで隣にどんな色を持ってきても失敗することがないし、影の奥にビビッドな色が現れることでよりドラマチックな空間になります。僕たちの色使いの、ちょっとしたコツのようなものでしょうか」
――住宅のような狭い空間だからこそ強い色を使う。塗料業界にも示唆に富む視点です。
「色選びに関しては無難な方に走りがちですが、あえて大胆な色に挑戦することで予定調和を超えた感動や、豊かな空間がもたらされます。色材産業の塗料業界さんだからこそ発信すべきメッセージかもしれませんね」
――ありがとうございました。
※ペイント&コーティングジャーナル2024年11月20日「いいいろの日特集」より